「yosh氏の正体についての考察 2016/3/14」の再検証 1

本稿では、「『ぱよぱよ日記 』の管理人yosh氏への疑惑に関するレポート 2016/5/4」の中でご紹介した「考察」を、「yosh氏の正体についての考察 2016/3/14」として検証します。

■ 読者の投稿
本ブログの「『ぱよぱよ日記 』の管理人yosh氏への疑惑に関するレポート 2016/5/4」へ、読者の方からご投稿いただきました。それを、以下に掲載させていただきます。
nico
2016/10/17 20:11
前提としていた「山岳」が事実誤認ということならば >>こうして疑惑を持った私は、以降、『ぱよぱよ日記』のウォッチャーになりました。ournamekamikazeのブログで行われた、「ハードランディング シミュレーション」での、ぱよぱよ日記の対応は、一層、私の疑惑を濃くしました。 この時点で色眼鏡をしたまま『ぱよぱよ日記』のウォッチャーになったようにしか読み取れないのですが 結局このレポートはyosh氏がこころの党、及び和田議員を批判してるのが疑惑に繋がるということですか? 和田議員の国会質疑はいつも楽しみにしてますしこころの党も理念が素晴らしいとは思いますが 今後、政界での立ち位置として考えたらyosh氏の意見に同意しますし 余命爺も以前同様のことをおっしゃってた気がしますよ。

このnicoさんが提示された疑問の、「色眼鏡」、「yosh氏の和田議員と日本のこころを大切にする党への批判」、「山岳の意味の取り違え」に焦点を当て、お答えしていこうと思います。

■ 色眼鏡を何時、掛けて、何時、外せたのか
*事実の推定
私が色眼鏡を掛け始めたのは、『ぱよぱよ日記』を読み始めて、ファンになった時点。
外すことが出来たのは、豆腐おかかさんにお手紙を出した、2016年3月11日。

*推定の根拠
3月14日の「考察」に至るまで、「余命三年○○日記??&おまけ 2016/3/1」の和田政宗議員と日本のこころを大切にする党に関するyosh氏の欺瞞に気づけなかったこと。3月11日、豆腐おかかさんにお手紙を出してから、『ぱよぱよ日記』の過去記事を読み返してみようと思い立ち、余命ブログ記事関連の『ぱよぱよ日記』記事を遡って読んでいるうちに漸く気づけました。

次に色眼鏡を外すことができた、きっかけとなった手紙について見ていきます。

■ 豆腐おかかさんへのお手紙と『ぱよぱよ日記』
2016/3/11 豆腐おかかさんへのお手紙より引用
「ぱよぱよ日記さんは、一見、公正中立で冷静な分析をしているようではありますが、肝心な結論部分では晦渋韜晦な文体を駆使して読者を煙に巻く、それにもかかわらず、真・カミカゼのシンパである本音がところどころ透けて見える、というのが私の見立てです。
これは非常に巧妙な手口で、余命読者に余命さんへの疑心暗鬼の毒を、気づかせないうちに注ぎこんでいるのではないか、とも思えます。もしそうであるなら、『待ち望むもの』の『ぱよぱよ日記』へのリンクは消された方がよいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。」

このように思った原因は「余命船団と余命教団 2016/3/7」にあります。以下に該当部分を引用します。なお、引用中の太字、下線などの強調は私が施しました。また、丸括弧内は私が補ったもので、注釈も私が加えました。

引用開始-------

(『ournamekamikazeのブログ』からの引用)
真・カミカゼさん 2016年3月6日 耄碌余命爺に反日認定されました

まとめの内容

余命爺の「余名の記事に違和感を感じたり批判する方はそれだけで反日が確定する。」
この文は特に気をつけて読む必要がある。
なんらかの意図が含まれている可能性が高い。各自解釈しよう。
少なくても、絶対に文字通りに捉えてはいけない。
そもそも、なぜ、誰もこの文を変に思わない?ネトウヨのレベルは低すぎる。

余命三年ブログも問題をだいぶ抱えている。
そろそろ軌道修正しないと大変なことになりそう。

プロ右翼とでもいうべきか、自分の商売のためにネトウヨをやっている人に注意。
こういう人たちは日本のためより自分の財布のために活動している。釣られたら負け。

とにかく自分の頭で考えろ。
余命ブログを盲信とか、保守論客の狂信者になるとか、もってのほか。

個人用魚拓としてEvernoteはいいかもしれないが、
誰でも見れるWeb魚拓として http://archive.is/ を選択肢として考慮してほしい。
(『ournamekamikazeのブログ』からの引用おわり)

「余命は他のサイトとはまったく交流はないし、左右中道いかなる組織からも独立している。
ネットはNews USさんと保守速報さんを覗くくらいだ。したがって誰がどこでなにを言っているかなんてまったく知らないし関心もない」の通り、上記の内容についても知らないし、関心もないということなので、別に大した問題ではないと思います。

ただ、これを見てどのように受け取るかというのは重要なわけで(余命ファンのみなさんが)この程度の内容で発狂するのであれば、余命ファンサイトを運営している自分としては危機感を抱かないといけないわけです。[1]余命コメント欄の問題点について、(私、yoshは[2])以前から主張してましたし、余命ファンサイトとして最有力サイトである春、不遠。~はるとおからじ~さんの一件からしても、余命サイトの狂気(コメント欄)によって、余命が振り回されてしまったことについて警笛は鳴らしてきました。[3]余命コメント欄の危険性を指摘している自分が反日かというのと言ってるのと一緒だと思います。少々荒っぽいけど[4]、真・カミカゼの主張というのもね(笑)

[注1]ここに引用されている真・××××の元記事をみて、怒りを覚えない余命ファンはいないでしょう。発狂はしませんが、その怒りを忘れはしません。

[注2]敬称は略させていただきます。

[注3]これについては「『照千一隅』と余命さん」もご覧ください。「狂気」というのは「(一部の)余命投稿者、読者=狂気の人=狂人」との印象付けを狙ったものでしょう。

[注4]真・××××の主張によれば、「自分=yosh氏」が反日になってしまう、という意味だと思われます。これも、余命さんのおっしゃっていることを字義通りに捉えればこうなるということで、yosh氏の「わかりにくい」余命さん批判です。つまり、真・××××にかこつけて余命さんを揶揄しているということです。

余命三年時事日記の記事というのは、出すタイミングは考慮しているわけで、最終的に、実は・・・といった感じで帰結するパターンは少なくない。ここらへんの行間を読める余命読者が大半と思います。「バカとスパイ9:1の法則」の通り、スパイが紛れ込んでたら、そっちの声のほうが取り上げられないし、余命船団ではなく、余命教団になりかねないといった懸念は抱いてます。余命船団の航海ではなく、余命教団の後悔だと本末転倒だしなぁwwwあくまで、余命に投稿するというのは、(余命さんの負担として)コメント処理に手間をかけるわけで、(余命ブログへの)威力業務妨害??になりかねないという一面もあるわけで、(私、yoshが)余命のコメントの処理についてコメントしている部分もあるけど、どちらかといえば、肯定的な意見より、否定的な意見を述べてる印象はあると思うのは気のせいなのかな??[5]

[注5]晦渋韜晦(分かりにくく、真意を隠すこと)な文です。うだうだおっしゃってますが、要するに、yosh氏は余命ブログに対して否定的な意見を述べているということです。yosh氏は正直で、なるべく嘘はつきたくない人なのです。自然科学系の研究者なのだから、当然の心掛けです。

巷間アラカルトシリーズで、『国家総動員の為には極左のみならず極右も切らねばならない』とは(余命ブログが)三島由紀夫の言葉も取り上げてたし[6]、保守分断の動きについては余命も冷静に見極めてるると思います。449 警告!のエントリの意味については、各自で考えて欲しいと思います。余命教団になって欲しくないし、チャンネル桜と水島総=余命三年時事日記と余命コメントという図式になりかねない危険性も孕んでるわけで、余命ファンサイトとして取り上げるべきと思いました。[7]

[注6]「496 巷間アラカルト①」「バランス」参照。

[注7]「チャンネル桜と水島氏」というのは、ワンマン体制の象徴として用いられていると思われます。yosh氏がここで、読者に印象付けたいことは、余命ブログと読者の集合体が余命さんのワンマン体制であるということです。「危険性も孕んでいる」というように断定はしていませんが、確実に読者に印象として刷り込まれます。このような印象付けで誘導されないためには、余命さんが専制独裁ではないと、きちんと認識しておく必要があります。これについては、「十七条憲法と余命さん」をご覧ください。

-------引用おわり

このように注意深く正確に読めば、yosh氏が余命さんを批判し、余命ブログに否定的な意見を持っていると、yosh氏ご自身が正直に述べていらっしゃいます。

私は、豆腐おかかさんへのお手紙の中にあるように直感的にyosh氏への疑念を持ちましたが、それにも関わらず、依然として冷徹に彼の文章を読み解こうとはしませんでした。それどころか、『ぱよぱよ日記』はこれからもファンとして読み続けたいと言っていたのです。それは、yosh氏の文章の分かりにくいところを突き詰めて読むことをせず、余命ファンのyosh氏という虚像を私自身が私の中に作り上げ、理解しにくいところは、その虚像を投影して「勝手に」余命ファンのyosh氏ならこう考えるだろうという解釈で読んでいたということです。

この状態は、まさに、「色眼鏡」を掛けてyosh氏を見ているといっていい状態であったと思います。あるいは、yosh氏のマジックに掛かっていたといってもいいかもしれません。その眼鏡を外すきっかけとなったのが、豆腐おかかさんに差し上げたお手紙でした。今、自分の手紙を読み返してみると、自分が『ぱよぱよ日記』を読むのはいいが、他人が読むのはいけないというのは、驕りだったように思います。何故なら、読むべきではなかったのは、「色眼鏡」を掛けて読んでいる私自身に他ならなかったのですから。

それでも、他者に自分の意見を打ち明けられたことで、私自身が、『ぱよぱよ日記』を少し離れて見られるところまで、立ち位置を変えることができました。それが、過去記事の見直しへと私を誘い、和田政宗議員と日本のこころを大切にする党へのyosh氏の欺瞞行為に目を開かせることになったのでした。

そのことについては、次回に書きたいと思います。

この記事へのコメント

  • H治療院

    いろんな人物がカルト宗教のように出てきますが、ほぼH氏とミワ夫婦でやっているのは間違いないというのが私の読みです。管理人さんもミワのブログでたたかれ始めたのでわかりやすいですね。あの人たちは自分が逮捕され生き恥さらすのが怖くて仕方ないのです。最後のあがきとして観察していましょう。くれぐれも個人情報とかは気を付けてくださいね。
    次回の更新楽しみにしています。
    2016年10月25日 10:26
  • YUKI

    こんにちは。初めてコメントさせていただきます、YUKIと申します。
    豆腐おかか様のブログで紹介されてから、貴ブログもいつも拝見しております。

    おかか様のブログのほうでもコメントいたしましたが、私もyosh氏に関しては「あちら側=反余命」の方と思っておりました。
    初めてyosh氏のブログを見た時は、どちらなんだろう?という疑問も沸きましたので、そのとき、今回の記事にも書かれていますように『色眼鏡』を利用して、私なりに検証してみました。「親余命」と「反余命」のそれぞれになりきっていくつかの記事を読んでみました。
    yosh氏の文章を親余命として読んでみると、確かに、yoshさんファンのコメントにもあるように「余命余命していない」「一歩引いた冷静な」記事で、好感が持てました。
    逆に反余命として読んでみると、文章どおりに読めば、余命様や余命ファンを愚弄した無礼な記事に読めました。それに、文章を敢えて読みにくくしているというよりは、貴ブログにもありますように「本当は正直にしか書けない」が、あからさまに余命を批判するわけにも行かず、のらりくらりとした書き方になった。という印象です。
    結果として、現在はyosh氏は「反余命」なのだろうな、という思いになり、以降もそう捉えております。ただそれ(反余命)を承知した上で読む方にとっては、「伏見検証記事」としては有用なものなのかもしれません。

    今回の主様の検証、大変わかりやすく理解できました。ありがとうございます。
    寒くなってまいりました。主様もどうぞご自愛ください。
    2016年10月25日 12:05
  • Tohru Kishii

    H治療院さん、こんばんは。

    >いろんな人物がカルト宗教のように出てきますが、ほぼH氏とミワ夫婦でやっているのは間違いないというのが私の読みです。

    一人何役もやっているみたいですね。

    >管理人さんもミワのブログでたたかれ始めたのでわかりやすいですね。

    そうなんですか。情報、ありがとうございます。

    >くれぐれも個人情報とかは気を付けてくださいね。

    気をつけます。

    >次回の更新楽しみにしています。

    ありがとうございます。
    2016年10月25日 18:37
  • Tohru Kishii

    YUKIさん、はじめまして。コメント、ありがとうございます。

    >おかか様のブログのほうでもコメントいたしましたが、私もyosh氏に関しては「あちら側=反余命」の方と思っておりました。

    そうでしたか。

    >初めてyosh氏のブログを見た時は、どちらなんだろう?という疑問も沸きましたので、そのとき、今回の記事にも書かれていますように『色眼鏡』を利用して、私なりに検証してみました。「親余命」と「反余命」のそれぞれになりきっていくつかの記事を読んでみました。

    なるほど、そういう検証方法もありますね。

    >yosh氏の文章を親余命として読んでみると、確かに、yoshさんファンのコメントにもあるように「余命余命していない」「一歩引いた冷静な」記事で、好感が持てました。

    その点は、私も評価していたところなんです。

    >逆に反余命として読んでみると、文章どおりに読めば、余命様や余命ファンを愚弄した無礼な記事に読めました。それに、文章を敢えて読みにくくしているというよりは、貴ブログにもありますように「本当は正直にしか書けない」が、あからさまに余命を批判するわけにも行かず、のらりくらりとした書き方になった。という印象です。

    そうなんですよね。yosh氏はウソは最小限に、なるべくつきたくない人だと思っています。ただし、ウソと欺くのは別だとも考えていそうです。

    >結果として、現在はyosh氏は「反余命」なのだろうな、という思いになり、以降もそう捉えております。ただそれ(反余命)を承知した上で読む方にとっては、「伏見検証記事」としては有用なものなのかもしれません。

    先日も、間接的にやんわりとですが、そのようなご指摘を受けています。『ぱよぱよ日記』を有用な反余命情報源と考えておられる方々にとっては、私は、大変、邪魔なことをしているわけで、申し訳なく思っています。アホのしていることと思し召して、見逃していただければと思います。

    >今回の主様の検証、大変わかりやすく理解できました。ありがとうございます。

    今回の記事は、私の心の綾にも触れていて、読者には、なかなか分かっていただけないところもあるかと思っていましたので、そのように言っていただけると、たいへん、ありがたいです。

    >寒くなってまいりました。主様もどうぞご自愛ください。

    ありがとうございます。
    2016年10月25日 19:01